かえる岩(かえる いわ)
むかしなあ、六甲山に、それは大きな蛙(かえる)が住んでいたそうな。 大きな蛙なもんで、とぶと地ひぎきし、鳴くと木の葉がふるえた。そうやから、 「大蛙(がえる)がおる。」 と、すぐわかったという。 みんなからは、こわがられる大蛙やったから、毎日のんびりとくらしておった。 たまに、出会う人があっても、自分からにげだし、けっして悪さや、おどかしなど、することはなかった。 ある日のこと、大蛙は、えらいことを聞いた。なんでも大蛇(だいじゃ)が、大蛙の命をねらっているという。 大蛙は、それを聞いてから、ちょっとのことでもこわがって、ビクビクしてくらすようになった。 その大蛇が、大蛙のいる六甲山(ろっこうさん)の梅谷(うめだに)にやってきた。 スルスルと、地面に体をすべらし、かまくびに頭をもたげ、舌をヒュルヒュルさせながら、岩かげから、大蛙目がけてやってきた。 大蛙も、それに気づいた。もうにげられないと、体をかたくした。 どんなに大きなかえるといえども、大蛇にはかなわん。ぐるぶるまきにされ、しめられ、さいごには、パクリと食べられる。 大蛙は死をかくごして、目をつぶった。 ところが、その一しゅん、大蛙は岩になった。 六甲の山の神さまは、日ごろおとなしい大蛙をあわれに思われ、そのままのすがたで岩にされた。 ごちそうにありついたとニタニタやってきた大蛇は、岩になった大蛙に歯もたたず、くやしがって、ここにすむことにした。 それからしばらくして、ある村人が、たきぎをとりに、山にきた。 かえる岩のところで、ひと休みしたが、ついうとうとと、昼ねをしてしもうた。 そうのうちに、ふと目をさますと、なんと、大蛇が、かえる岩にまきついて、上からこちらをうかごうておる。 「ひゃあ、えらいもんが、見とるやないか。」 と、命からがらにげた。 村人は、家にとんでかえり、ふとんに頭をつっこんで、ふるえておった。 このことが、村中に広まると、「それは、えらいこっちゃあ」と、村の若いもんが、手に手にぼう切れを持って、山に入った。 ところが若いもんが、梅谷(うめだに)につくと、大蛇はどこにもおらん。さがしてもおらん。 どこへ、にげたのかと、よくよくみれば、かえる岩に、まきついておった。それも大蛇は岩になっておった。 そんなことがあってから、かえる岩は、蛇巻岩(じゃまきいわ)ともいわれるようになったという。 山の神さまは、大蛙だけでなく、大蛇も、わけへだてなく、岩にしてしまわれた。梅谷のかえるも、へびも、仲よく岩となった身では、けんかもできず、おたがいに食べられることもなく、平和な日々をすごしているのやろう。 (校正未了) |