観音さんに助けてもらった牛

(かんのんさんに たすけてもらった うし)

 むかしのあしやは、ほとんどの家が、農家やった。
 そのころの話。
 あしやからちょっとはなれた村に、牛のえきびょうがはやっていると、うわさがながれてきた。
 そのえき病というのは、牛だけがかかり、あっというまに、牛が死んでしまう病気やった。
 そのことを聞いたあしやの人たちは、はじめ、
「こわいこっちゃなあ。」
と、よそごとにようにいうとった。
 ところが、「村の中のどこどこの牛が、えきびょうで死んだ」という話になると、人びとの目の色がかわり、あわてだした。
 いそいで、ばくろう(牛買い人)をよんで、ただみたいなねだんで、牛を売ったりする家もでだした。
 元太(げんた)の家も、だいじこうているクロのことで、さっそく心配しはじめた。
 クロは、元太が生まれる前からいた牛で、まっ黒なりっぱなおすの牛や。毎日、元太がクロの体を洗ってやったり、えさの世話をしたり、牛小屋のそうじなどもしとって、元太とクロは兄弟みたいにしてきた。
クロ 元太は、クロがえきびょうにかからんように気をつけた。そのへんの草や水を食べさせたりのませたりするようなことはさせんかった。
 田畑にもつれていかず、牛小屋に、一日中とじこめておく日が多くなっていた。
 クロは、だんだんやせてきた、元気がなくなった。(外へつれてやったらよろこぶのに)と、元太は思った。
 クロはそれまで、田や畑で、お日さんをあびてはたらくのがすきな牛やった。
 そのころ、あしやの田んぼは、山が海に近いこともあって、急なしゃめんの土地で、たな田が多かった。
 クロは、そんな田の坂道をのぼりおりするのがすきで、重い体をかるがると動かしとった。
 それが、今は一歩あるくのもしんどそうにしとる。ひょっとすると、えきびょうにかかっているかもと、元太は心配でならんかった。
 そんなときや、近くの人がとんできて、
「三条村(さんじょうむら)の観音さんに、牛を連れておまいりしたら、えきびょうにかからんそうや。」
 と、いうてくれた。
 それを聞いて、よろこんだ元太は言うた。
「おっとう、今からいこう。はよういこう。クロを連れていって、観音さんに、おねがいしよう。」
 ふたりが牛小屋に行くと、クロは、大きな目をつむっとった。そして(てこでも動かんぞ)と、すわっとる。
「クロ、お前のためにいくんやで。観音さんに、おねがいにいくんや。いこう。」
 元太が、しぼるような声でいうと、クロはよろよろしながらも、立ち上がった。
 おっとうが、つなをひっぱり、元太がしりをおした。
 家をでるとき、日がおちはじめていた。
 おっかあは、だまって、目になみだをためて、見送っていた。
「よいしょ、よいしょ。」
 元太が声をだすと、クロはいやいや歩きだした。
 山道にさしかかると、おっとうが、
「クロのとくいの山道やでえ。」
と、引っぱるつなをゆるめた。だが、クロは坂道をいやがった。しんどいのや。
「がんばれ、クロ。がんばってくれ、クロ。」
 おっとうも元太も、声を合わせて、クロをはげました。
 おし上げても、クロは足に力がなく、ズルズルと土といっしょに、くだりはじめよる。
「クロ、お前、何しよるんや。前や、前にいけ、ほら。」
おっとうも、元太も、ひっしやった。おっとうのつなを持つ手も血がにじんでいる。
 けど、クロも命がけや。一歩一歩、足を前にだしはじめた。
 牛と人が一つになって、山をのぼりだした。
 観音さんのお寺の屋根が見えた時、元太は心の中で手を合わせた。
 あけ方、苦労を重ねて、やっと境内に、クロたちはついた。長い道やった。「はあ、はあ」と、人も牛も大きな息をついた。境内には、何頭かの牛が木につながれているらしく、くろぐろとした牛の姿が、かげ絵のようにうかんで見えた。
 クロは、それらの牛を見て、急に、しっかりと歩きはじめた。クロにこんな力が残っていたのだろうかと、元太はよろこんだ。
 夜あけの白いもやの中で、牛たちは少しずつ動いたり、よわよわしく「モー」と、泣いたりしはじめた。
 クロと同じ木につながれているとなりの牛が、体をすり寄せてきて、ぬれたはなをふれ合わせてきた。ここまで上がってきた苦労を、なぐさめてくれてるみたいや。
 元太も、クロにいうた。
「クロ、ようがんばったなあ。」
と、あらためて、クロをほめてやった。
 あたりは、うっすら、あかるくなった。元太は、境内につながれている牛をみておどろいた。こんなにもたくさんの牛がいるとは思わなかったからだ。
 どの牛もつかれたようすであったが、確実に生きていた。生きている強さを体であらわしていた。
 それはたぶん、ここにくると病気にならないという確信が、牛といっしょに登ってきた村人にあったからだろうか。
 このえきびょうのそうどうは、まもなくおさまった。
 ふしぎなことに、観音さんの境内につながれた牛は、一頭残らず、えきびょうにかからずにすんだという。
 「かんのんさんのおかげや。」と、あしやの村の人はよろこんだ。

(校正未了) 


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